大人の矯正が増える一方で、立ちはだかる壁
かつて矯正治療といえば思春期の子どもがするものという印象がありました。ところが近年、20代から40代を中心に大人の矯正が急増しています。テレワークでマスクを外す機会が増えたこと、SNSで歯並びを気にする人が増えたこと、透明なマウスピース型の装置が登場したことが、その背景にあります。
一方で、日本には矯正治療をためらわせる壁も残っています。ひとつは費用です。矯正は基本的に自由診療のため、治療費は全額自己負担になります。虫歯治療と異なり「見た目の改善」が目的とみなされることが多く、公的医療保険が適用されるケースは限られています。
もうひとつは情報の多さです。ワイヤー矯正、裏側矯正、マウスピース矯正と選択肢が広がり、どれを選べばいいのか分からないという声をよく聞きます。さらに治療期間の長さもハードルです。一般的な全体矯正は1年半から3年ほどかかり、その間は月に1回程度の通院が必要です。「仕事を休めない」「家事や育児の合間に行けるか不安」という悩みは、都市部で働く世代に特に多いものです。
装置の種類と費用の相場を比べる
矯正装置は大きく三つに分けられます。費用、見た目、治療期間、対応できる症例がそれぞれ異なるため、自分の歯並びやライフスタイルに合ったものを選ぶことが大切です。
| 装置の種類 | 全体矯正の費用目安 | メリット | デメリット | 向いている人 |
|---|
| 表側ワイヤー矯正 | 60〜130万円 | 幅広い症例に対応し、費用が比較的抑えめ | 装置が目立ちやすい | 確実な治療効果を最優先したい人 |
| 裏側(舌側)ワイヤー矯正 | 100〜150万円 | 歯の裏側に付けるため外から見えない | 費用が高く、慣れるまで違和感がある | 見た目を最優先したい人 |
| マウスピース矯正 | 60〜120万円 | 透明で目立ちにくく、食事や歯磨きのときに外せる | 1日20時間以上の装着が必要で自己管理が鍵 | 軽度〜中等度の症例の人 |
気になる前歯だけを治療する部分矯正なら、費用は全体矯正の半分以下に抑えられる場合があります。マウスピース型の部分矯正で10〜50万円程度、ワイヤー型の部分矯正でも30〜60万円程度が目安です。歯並びの乱れが軽度であれば部分矯正で十分なケースも多いので、まずは診断を受けてみるとよいでしょう。
大阪で働く30代の会社員・中村さんは、上の前歯の重なりだけが気になり、全体矯正の見積もりに二の足を踏んでいました。相談の結果、前歯6本を対象にした部分矯正を選択。費用を抑えながら約8か月で歯並びが整い、笑顔に自信が持てるようになったといいます。
費用負担を軽くする方法
矯正治療は高額だからこそ、支払い方法まで含めて計画的に考える必要があります。
医療費控除を活用する
矯正治療は、噛み合わせの改善や発音障害の治療など機能的な目的がある場合、医療費控除の対象となることがあります。1年間に支払った医療費が10万円を超えたとき、確定申告をすることで所得税の還付や住民税の減額を受けられる制度です。純粋な美容目的ではなく医学的な理由がある場合は対象になりやすいので、治療を始める前に歯科医師に確認しましょう。領収書はまとめて保管しておくのがおすすめです。
分割払いやデンタルローンの検討
多くの医院では現金一括払いのほかに、クレジットカード払いや医院独自の分割払いに対応しています。デンタルローンは歯科治療専用の医療ローンで、一般的なカードローンより金利が低く、年利3〜8%程度で利用できることが多いです。学生やパート・アルバイトの方でも審査が通る場合がありますが、未成年者は保護者の同意が必要です。月々の支払い負担をどう設計するかまで含めて、治療前に医院と相談しておくと安心です。
医院選びで失敗しないための三つのチェック
矯正治療は数年にわたる長い付き合いになります。だからこそ、医院選びは装置選びと同じくらい重要です。
一つ目は、初回カウンセリングの内容です。多くの矯正歯科では初回相談を受け付けており、費用は医院によって異なりますが数千円以内に収まる場合がほとんどです。このときに、レントゲンや歯型の検査をもとに治療計画を示してくれるか、抜歯の要不要、治療期間、費用の内訳を明確に説明してくれるかを確認しましょう。曖昧な説明のまま契約を急がせる医院は避けたほうが無難です。
二つ目は、治療後のフォロー体制です。矯正治療が終わったあと、歯は元の位置に戻ろうとする「後戻り」が起こりやすくなります。これを防ぐために、保定装置(リテーナー)を一定期間装着する必要があります。保定治療の費用が最初の見積もりに含まれているかも、事前に確認しておきたいポイントです。後戻りを防ぐための通院や調整が別料金になる医院もあるため、総額の見積もりをもらうようにしましょう。
三つ目は、通いやすさです。全体矯正の場合、月に1回程度の通院が2〜3年続きます。自宅や職場から無理なく通える場所かどうかは、治療を継続するうえで意外と大きな要素です。福岡や札幌など地方都市でも矯正治療に力を入れている医院は増えており、「矯正歯科(お住まいの地域名)」で検索して通院しやすい医院を絞り込むのがおすすめです。
治療を始める前に知っておきたい注意点
マウスピース矯正を選ぶ場合は、自己管理が特に求められます。装置は食事と歯磨きのとき以外は外せないため、1日20時間以上の装着が必要です。装着時間が守れないと治療が計画通りに進まず、期間が延びてしまうこともあります。「通院いらずで楽そう」というイメージだけで選ぶと、思ったより手間がかかると感じるかもしれません。
ワイヤー矯正では、装置に食べ物が詰まりやすくなります。ガムやキャラメルなどの粘着性の強いもの、せんべいのような硬いものは避け、りんごや肉などは小さく切って食べる工夫が必要です。矯正中は歯磨きが難しくなるため、虫歯や歯周病のリスクも高まります。定期的なクリーニングとブラッシング指導を受けながら治療を進めましょう。
なお、矯正治療でも保険が適用されるケースがあります。唇顎口蓋裂やダウン症候群などの先天性疾患に起因する歯並びの異常、外科手術を伴う骨格性の異常、前歯3本以上に著しい咬合異常を伴う萌出不全などが対象で、指定の医療機関で治療を受ける必要があります。当てはまる可能性がある場合は、かかりつけの歯科医院に相談してみてください。
一歩踏み出すための行動リスト
矯正治療を検討しているなら、次のステップで進めるのがおすすめです。
- 気になる歯並びの写真を撮り、自分の症状を整理する
- 通いやすい場所にある矯正歯科を2〜3院ピックアップする
- 初回カウンセリングで治療計画・費用の総額・期間を比較する
- 医療費控除や分割払いなど費用負担の方法を確認する
- 信頼できると感じた医院で、じっくり相談してから決める
治療を始めるタイミングに「完璧な時期」はありません。20代でも40代でも、歯の健康はいくつになっても取り戻せます。カウンセリングの予約は、スマホひとつで数分あれば済みます。数年後の自分の笑顔を思い浮かべながら、まずは一歩を踏み出してみてください。